コラム(2)~時間をかけて、被災と向き合っていくこと

東日本大震災から、今日で9年がたつ。あの日のことは、今でも覚えている。突然、大きな揺れが起きて、都内のオフィスの本棚が倒れてきた。テレビをつけると、東北で大きな地震が起きたことが報道されていた。その映像を見れば、災害の規模が尋常ではないことはすぐに分かった。

9年という時間は残酷だと思う。警察庁の発表によると、死者は1万5899人。いまだ2529人の行方不明者がいながらも、記憶は少しずつ風化していく。 先日、被災地支援をしている国際NGOの女性から、興味深い話を聞いた。「東日本大震災から3年くらい経過したころ、いっきに被災者が自らの体験を語り始めた」のだという。

氷は溶けるのに、ある一定の時間がかかる。人の心は、それと同じなのではないか。起きた出来事が大きすぎと、それを現実のこととして受け止め、自分の言葉にするまでに一定の時間がかかる。きっとそれが、3年という時間だったのだと思う。

昨年、私の住む千葉県鋸南町が、台風15号で大きな被害を受けた。家屋の損壊は68.4%と千葉県でも一番の被災率である。幸い、台風による直接の死者が出なかったが、人の心はデリケートなのだろう。最近、ブルーシートをかけている家に住んでいる高齢者から、「風でブルーシートが音を立てるだけで不安になる」と言う話を聞く。また、「子どもが風の揺れで怖がる」というお母さんの話も聞く。この町では、今でも被災は現在進行形で起きているのだ。

私は今、「鋸南復興アクセラレーション」の活動に携わっているが、何をもって「復興」と言うのか、ときどき考える。 人の心のケアも含めて、時間をかけて被災に向き合い、復興を考えていきたい。 (執筆=鋸南復興アクセラレーション、清水多佳子)

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